長野県大町市は長野県北西部に位置しており、人口約2.5万人(2023年)の市である。大町市は古くから長野県松本市と日本海を結ぶ塩を運ぶ道(塩の道)の中間地点であり、交通の要所として栄えてきた。北アルプスの玄関口の1つであり、仁科三湖(青木湖、中綱湖、木崎湖)のような湖も豊富に存在する。これらで行われる登山やボート乗り、パラグライダーなどの自然アクティビティを求める、観光客によって賑わいを見せている。この地に2023年8月20日〜28日の期間、滞在した。また、今回の滞在は原始感覚美術祭2023の参加作家として招致いただき、滞在制作が実現した。
今回のシシの大きなテーマは「湖」だった。大きく澄んだ木崎湖のほとりには、葦が生い茂っている。直立しているその穂先は、青々とした入道雲が広がる空を指す。シシの素材は葦(あし/よし)だと思った。湖固有の素材といえば、葦が直立していたのが印象的だった。特にボートに乗った際に、間違えて葦の茂みに突っ込んでしまって、その時に、あ、葦っていいなと思った。
葦の葉っぱを取って、茎だけにして、均等にハサミでカットしてそれを麻紐やタコ糸でつなげてみた。そしたらジャラジャラと音が鳴った。なんだか葦の連なりが、湖の湖面に見えてきた。ああ、これはまさに木崎湖のシシだと思った。この葦の連なりを開いたり閉じたりするという行為は、獅子舞が口をパクパクと開閉する行為と同じかもしれない。また、これを使って、いろいろと厄を祓いたい対象物に抱きつくこともできるので面白いだろう。さらに葦の内部が空洞であることを生かして、そこに凧糸を通してつなげ、その繋がったものを縦と横で重ねてつなげ直し、それを被って胴体とした。今回の獅子頭と胴体の制作は、過去で最も時間がかかったとも言えるだろう。その甲斐あって、新しい獅子舞の所作を生み出すことができた。
シシの舞い歩きは湖畔から始まり、西丸震哉記念館を通り、上諏訪神社へと向かった。途中、集落の家の倉庫に入ったり、門付けをしてみたり、道路の真ん中を横切りながら演舞したりと、自由勝手気ままに振る舞うシシが現れた。獅子頭を洗濯物干しにかけてみたり、階段に敷いてみたり、電柱に抱きついてみたりということもあった。また、獣避けの電気柵に触れた時に、なかなか獅子頭が外れなくて絡まってしまった時に、ビリっときた時はびっくりした。2度も電気が身体に伝わってきて、危険な場面だった。最後は胴体や獅子頭を切り刻み、海の中へと飛び込んだ。そういう狂気的なシシとなった。
シシの目撃が少なかったことから、獅子舞が生息するにはまず人が少ないことがうかがえた。地域住民というよりは芸術祭の参加者や、ボート乗りやキャンプに関心がある観光客が多いようにも思われた。湖の周辺というのはレジャー施設が集積するのは普通のことであり、その分地域住民による地域活動があまり目立たない。住民は車移動が活発で、道を歩く姿を見かけないことから、シシを目撃しても絡んでこなかったという見方もできるかもしれない。不思議と湖畔をジョギングする人や散歩する人は少なく、釣り人がちらほら見られるという感じだった。また、空間的な舞場の観点から言えば、やや歩道が狭い箇所はあったが、概ね舞えるような空間はたくさんみられたように思う。
photo ©︎Marehito Antoku